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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10949号 判決 1996年3月06日

原告

株式会社ジヤレコ

被告

高村達

主文

一  被告は、原告に対し、金二九七万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この裁判は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金七五四万四〇〇〇円及びこれに対する平成六年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成六年二月九日午後一〇時ころ

(二) 事故現場 東京都世田谷区桜新町一丁目一番六号先路上

(三) 原告車 普通乗用自動車(品川三四と二一五二)

所有者 原告

(四) 被告車 普通乗用自動車(練馬五四せ九〇一九)

所有者 被告

運転者 被告

(五) 事故態様 本件事故現場に駐車していた原告車に、被告車が追突した。

2  責任原因

被告は、前方を注視して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行し、本件事故を惹起した過失があるので、民法七〇九条によつて、原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

二  争点

1  クルージングサポートポンプの故障と本件事故の因果関係

2  代車の必要期間及び車種並びに相当な代車料金

3  評価損の可否

4  物損慰謝料の可否

第三損害額の算定

一  原告の損害

1  修理費及びレツカー代 五七〇万八六〇〇円

(一) クルージングサポートポンプを除く原告車の修理費及びレツカー代に五七〇万八六〇〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(二) クルージングサポートポンプの修理費

甲二、乙四、証人大友久光及び同長渡秀行の証言によれば、本件事故直後の平成六年二月九日に、原告は、訴外株式会社車屋ZERO(以下「訴外ZERO」という。)に原告車の修理を依頼したこと、その際には、クルージングサポートポンプには異常は認められず、クルージングサポートポンプ自体も外的損傷はなかつたため修理の対象にはなつていなかつたこと、平成六年五月一六日に修理が完了して原告方に納車されたが、修理工場での修理完成の際の検査においても、原告車の半ドア状態を正規の閉まり方に直すというクルージングサポートポンプを使用する機能は正常に作動しており、クルージングサポートポンプに異常は認められなかつたこと、その後、一か月半ほど経つたころクルージングサポートポンプに異常が生じたため、本件事故二か月後の平成六年七月ころ、、再度、原告車の修理を訴外ZEROに依頼し、同社は原告車のクルージングサポートポンプを修理したこと、クルージングサポートポンプは、原告車の左後部のフユーエルタンク左側に設置されているが、本件事故で原告車が直接衝撃波及を受けていない場所であり、クルージングサポートポンプ自体も外的損傷はなかつたこと、後部右側に本件事故の影響で原告車にきしみが生じ、二か月後にクルージングサポートポンプの故障となつて出現する可能性はないことが認められる。

右認定の事実によれば、クルージングサポートポンプの故障が、本件事故によつて生じたものとは認められない。

(三) 以上の次第で、本件事故と相当因果関係の認められる修理代金及びレツカー代は、クルージングサポートポンプの修理費を除いた五七〇万八六〇〇円と認められる。

2  代車代 一四七万五〇〇〇円

(一) 車種及び料金

(1) 原告は、原告車の車種は、メルセデスベンツ600SELであるところ、原告は、二月九日から五月一六日までの九六日間、訴外ZEROから、代車として原告車と同格車であるメルセデスベンツ560SELを一日当たり五万円の約束で借り、代車料金として、四九四万四〇〇〇円(消費税を含む)を要したと主張しているのに対し、被告は、代車としては、国産高級車種であるトヨタクラウンスーパーサルーンクラスの車種が相当で、一日の代車料金は、初日が二万六六〇〇円、その後一日当たり一万七九〇〇円が相当であると主張している。

(2) 代車は、不法行為によつて受けた被害者の利用利益の損害に対しての賠償であり、その期間も比較的短期間に限られるものであるから、同種、同等、同格の車種である必要はないと言える。しかしながら、公平の観点から見ても、代車としてどの様な車両及び料金が相当であるか判断するに際しては、被害車両の車種、被害車両の利用状況等を勘案し、被害者に不測の損害を負わせないようにすべきである。ところで、本件被害車両である原告車は、甲六ないし七及び弁論の全趣旨によれば、並行輸入で平成四年三月に購入後、約二年を経た本件事故時においても、その査定価格が八〇〇万円程度に及び(本件事故に遭つていなかつた場合の査定価格)、メルセデスベンツの中でも最高級ランクの車であると認められること、原告の代表取締役が、取引先との連絡や接待用として原告車を使用していたこと、そのため、安全面を考慮して原告車を選定したことが認められる。このような事情の認められる本件では、代車は、証拠上、甲四中の国内最高級クラスの車両である「クラウンマジエスタ」クラスの車両と認めるのが相当であり、その代車料金は、甲四によれば、初日が四万一九〇〇円、以後、一日あたり二万八一〇〇円と認められる。

(二) 代車期間

(1) 原告は、本件事故翌日の平成六年二月一〇日から原告車の修理が終了し、原告に納車された同年五月一六日までの九六日間が代車期間として相当な期間であると主張している。

(2) 甲五、乙一、二並びに証人大友久光及び同長渡秀行の証言によれば、被告と自動車損害賠償保険を契約していた訴外日新火災海上保険(以下「訴外日新火災」という。)の担当者は、本件事故後、比較的早期の段階で、本件事故の損害が、物理的全損にも経済的全損にもならないと判断していたため、原告の損害は修理費相当額と考えていた。ところが、原告の事故処理担当者の訴外大友久光(以下「訴外大友」という。)が、新車への買い替えを強硬に主張したため、訴外日新火災の担当者と訴外大友の間で意見が対立し、また、代車としてどのような車種を選定するかについても、同様に意見が対立したこと、そのため修理が開始されたのは、本件事故後四〇日間以上を経た後の三月一四日ころからであることが認められる。他方、訴外ZEROは、本件事故直後から原告車の修理の見積もり作業を始めていたが、訴外ZEROの修理見積もり作業が終了したのは二月下旬ころであり、訴外ZEROと訴外日新火災との間で修理費について合意が得られたのは三月三日であること、その後、三月一四日に訴外大友から原告車を修理する旨の連絡が入り、そのころから原告車の修理が始まつたことが認められる。

以上の事実によれば、本件事故後、三月三日までの期間については、原告車の修理に着手できなかつた理由は、訴外日新火災と訴外大友との間の修理の可否等についての話し合いの経過もさることながら、原告車の修理の見積もり作業自体が完了していなかつたからであると認められる。したがつて、この間の二二日間を原告の責任で修理の開始が遅れたものとして代車期間に含めないことは相当ではない。

さらに、右認定のとおり、三月三日には、原告車の修理を開始できる情況にあつたが、直ちには修理には着手できず、訴外ZEROが原告車の修理を始めたのは三月一四日ころからと認められる。この三月三日から三月一四日ころまでの間についても、訴外大友が、新車への買い替えを強硬に主張したため、修理に着手できなかつたことは明らかである。新車への買い替えを希望する原告側の心情も理解できないではないが、三月三日の時点で、損害額は修理費相当額であることが明確になつていたのであるから、その後も新車への買い替えを強硬に主張することは、明らかに正当な損害賠償請求の範囲を逸脱しており、容認されるものではない。三月三日の時点では、既に本件事故から二二日を経ており、原告は、修理するか、あるいは新車に買い替えるかの判断をできるだけの十分な時間があつたと認められる。したがつて、その後、実際に訴外ZEROが修理を始めた三月一四日までの一〇日間については、これを代車期間として容認するのは公平を失し、相当ではない。

(3) 次に、甲三は、平成六年四月一日付の原告車の修理の納品請求書であるが、ここでは、納車日は四月一日となつている。他方、甲六の一ないし五は、平成六年五月一六日付の同じく原告車の修理の納品請求書であるが、甲三と甲六の一ないし五は、その修理の内容は全く同じであるにもかかわらず、甲六の一ないし五の納車日は五月一六日となつており、原告に納車されたのは五月一六日であると認められる。

ところで、甲三及び甲六の一ないし五が作成された経過について、訴外ZEROの社長である証人長渡秀行は、「原告車は並行輸入車であり、国内では調達ができない部品があり、部品の輸入をせざるをえず、修理期間は一か月程度を要する見込みであつた。ところが、修理を行い、試運転をしてみたところ、ハンドルに異常があることがわかり、その部分の追加の修理のための、再度、四月一日付で見積もりをした。部品の入手が必要で修理に一か月程度を要した。五月の連休前ころに一旦は修理が終了しかけたが、CDチエインジヤーを取り替えるところ、訴外ZEROの手違いで部品がなく、その納入に手間取つたため、結局納車が五月一六日になつた。四月一日付の見積書に同日納車の記載があるのは、事務の女性が誤記したものであり、四月一日に納車できる状態にはなかつた。」と供述している。

乙二によれば、平成六年三月三日ころ、訴外日新火災のアジヤスターが立ち会いの上で原告車の修理費の見積もりが行われたが、訴外日新火災のアジヤスターも合意の上で見積もられた修理内容及び修理費が、甲三に記載されている五六三万九六四二円であることは(消費税込み。なお、原告の主張している五六四万一六五〇円は、レツカー代と消費税を含んだ価格からレツカー代のみを控除した価格であり、修理費自体については、原、被告間に争いはない。)、その後、訴外日進火災から修理代金として右金額が原告に支払われていることからも明らかである。甲三と甲六の一ないし五は、その修理の内容は全く同じであり、これらの修理価格が五六三万九六四二円であることは証拠上明らかであるので、最終的に行われた修理内容は、既に、三月三日に訴外日新火災のアジヤスターと訴外ZEROの間で、原告車の修理費の見積もりが行われた際には決定していたと認められる。したがつて、証人長渡秀行の供述中、修理を行い、試運転をしてみたところ、ハンドルに異常があることがわかり、その部分の追加修理のための、再度、四月一日付で見積もりをし、最終的な修理をしたとの供述部分は信用し難い。

しかしながら、訴外長渡は、一貫して、原告車の修理には一か月間を要すると供述しているところ、訴外ZEROが原告車の修理に着手したのは三月一四日ころであるから、四月一日には修理は終了しているとは考えがたいこと、乙一の写真七三ないし七九は、平成六年四月二五日に撮影されたものであるが、その時点でも、修理は完了していない様子が伺えることに照らすと、原告車の修理は平成六年四月一日までには終了しておらず、同日には納車できる情況ではなかつたと認められる。 次に、原告車の修理が完了し、原告車が原告に納車されたのは五月一六日であると認められるが、証人長渡秀行の証言によれば、原告車の修理は、五月の連休前ころに概ね終了したが、CDチエインジヤーを取り替えるところ、訴外ZEROの手違いで部品がなく、その納入に手間取つたため、結局納車が五月一六日になつたことが認められる。これによれば、原告車の修理は通常なら五月の連休前には完了し得たと認められる。訴外長渡の言う五月の連休前とは四月二九日よりも前を意味すると考えられ、四月二八日と認められる。したがつて、原告車の適正な修理期間は、三月一四日から四月二八日までの四六日間と認めるのが相当である。

(4) 以上の次第で、本件では、代車期間は、二月一〇日から三月三日までの二二日間と三月一四日から四月二八日までの四六日間の合計六八日間と認めるのが相当である。

(三) 代車代の算定

以上の次第で、本件における代車の相当な期間は六八日間であり、その間の代車料金は、初日が四万一九〇〇円、以後、一日あたり二万八一〇〇円と認められる。ところで、甲四、乙五によれば、レンタカーの割引制度として、一か月間を超える長期間の連続利用の場合、一か月につき二二日分の使用料となることが認められる。本件では、原告車が並行輸入車であるため、修理に相当の期間、少なくとも一か月以上の期間を要するであろうことは、原告にも容易に推測ができたと認められる。したがつて、本件においては、かかる長期使用に伴う代車料金の低減化の努力を原告に求めても不当ではない。

よつて、六八日間のレンタカー料金は、初日の二月一〇日が四万一九〇〇円、二月一一日から六〇日間が、二万八一〇〇円に二二を乗じた六一万八二〇〇円の二倍の一二三万六四〇〇円、その後の七日間が、二万八一〇〇円に七を乗じた一九万六七〇〇円となり、これらの合計一四七万五〇〇〇円が、本件における相当な代車料金となる。

3  評価損 一五〇万円

原告は、本件事故によつて、原告車の査定価格が一五〇万円下落したので、右一五〇万円を評価損として認めるべきであると主張するのに対し、被告は、修理の結果、機能面で回復不能の損害が生じていない本件においては、査定価格が一五〇万円下落していることは、交換価値の減少であるところ、かかる交換価値の減少は、車両を使用している限り現実化しないので、事故前に具体的な売却予定があつた場合にのみ肯定すべきであり、本件ではその様な事情が認められないので、評価損は認められるべきではないと主張する。

しかしながら、交通事故によつて車両が重大な損傷を受けた場合、修理が完了しても、事故車の査定価格が、いわゆる格落ちとして下落することは顕著な事実である(被告も、その主張から見て、格落ちによる査定価格の下落が生じる場合があること自体は認めていると解される。)。このような場合における査定価格の下落を、交換価値の減少であり、車両を使用している限り、その損害が現実化しないとして、損害額の算定に際し、全く考慮しないのは、被害者に著しい不利益を負わせることになつて妥当ではない。

本件では、修理代が約五七〇万円を要しており、本件事故時の原告車の査定価格が八〇〇万円であるのに比しても、本件事故に基づく修理が大規模なものであつたと認められること、修理の規模や修理内容から見ても、原告車が本件事故によつて、その躯幹部分に重大な損傷を受けたことが容易に推認できること、かかる原告車の損傷の程度から見て、いわゆる格落ちで原告車の査定価格が下落することが、当然予測される情況と認められることに鑑みると、本件では、格落ち損としての評価損を認めるのが相当である。

ところで、甲三、七の一ないし四及び証人長渡秀行の証言によれば、いわゆる格落ち査定として、本件事故によつて損害を受けていない場合に比して、査定価格が一五〇万円下落すると査定されていることが認められるところ、右査定価格の下落は、証人長渡秀行の証言によつても、結局のところ、個々の取引によつて異なつてくるものであると言わざるを得ず、一五〇万円の査定価格の下落を、そのまま評価損として認めることは相当ではない。しかしながら、本件においては、原告車の修理費は約五七〇万円であり、原告が評価損として主張する一五〇万円という価格は、その三割弱の価格であることに鑑みると、本件では、右一五〇万円を評価損として認容するのが相当である。

4  慰謝料 認めない

物損事故においても、慰謝料を肯定すべき場合もあると考えられないではないが、本件において、法人である原告が、本件事故によつて原告車が破損したことに基づいて、精神的損害を受けたと認めるに足りる証拠はないので、本件では、慰謝料を認めることはできない。

5  合計 八六八万三六〇〇円

二  損害てん補 五七〇万八六〇〇円

修理費及びレツカー代として、五七〇万八六〇〇円が原告に支払われたことは当事者間に争いがない。

三  合計 二九七万五〇〇〇円

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、金二九七万五〇〇〇円及びこれらに対する平成六年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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